【眠れない夜に】

 

 

 

 

第2夜【わけあり物件(前編)】

お題協力11_mon様

 

 

 

 

編集者の村本は担当している作家の若林俊明に深夜2時のファミレスに呼び出された。

 

「村本さん、いい物件見つけましたよ。」

 

 

 


 

肩まで伸びたロン毛に無精髭の男には似つかわしくない
生クリームがこれでもかというくらい乗ったパフェを口に運びながら若林はそう言った。

 

 

 

「若林さん勘弁して下さいよ、前回もそんなこと言ってたじゃないですか。」

 

「今回は凄いんだって。この間の物件とはレベルが違うんだよ。」

 

「だからってこんな夜中に僕を呼び出さなくても・・・。」

 

 

 

 

若林は言わずと知れたホラー作家で、出される書籍は全てベストセラー。

映画化もこれまでに2本公開されるなど超がつく程の売れっ子だ。

 

 

 


 

 

 

 

「全く・・で今回はどんなわけあり物件なんですか?」

 

「村本さん、ちょっとこれ見てよ。」

 

 

若林が見せたのはスクラップブックでそこには古いものから新しいものまで
丁寧に記事が貼られている。

 

 

 

 


 

 

 

 

「世田谷区連続不審死・・・ああこれニュースで見たことありますよ。
なんでもこの古いアパートのある部屋に住んだ人が連続して亡くなって・・その全員が心臓発作という・・ってまさか。」

 

「細かい住所はニュースで公開されてなかったんだけどね・・古い知り合いが独自のルートで調べてくれてさ。」

 

 

 

若林は次の作品では今までと違った新しい挑戦をしようと考えている。
それは自らの実体験を元にしたホラー小説である。

 

そのためにここ半年若林はわけあり物件、いわゆる事故物件に移り住んでいるのだ。

 

 

「もう引っ越すんですか?つい2週間前じゃないですか、今の部屋に住み始めたのは。」

 

「なんかこう・・ゾッと来ないんだよ今の部屋は。頼む!傑作を書く為なんだ。協力してくれ!!」

 

 

 

若林はこと小説においては天才的だが、実生活となると別で引っ越しの手続きですら村本頼りだ。

 

 

 

「わかりましたよ・・その代わり傑作頼みましたよ。」

 

 

 

 

次の日村本は会社で大事な会議があったが、上司に事情を説明したら二つ返事で承諾してくれた。
それ程若林の作品は売れているのだ。

 

 

「ここか~。凄いよ村本さん。ここ。まだ入っても無いのにゾッとくるね、何か感じるものがあるよ。」

 

 

 

 


 

 

 

「そうですか・・良かったです。」

 

 

何が悲しくてベストセラー作家がこんなワンルームのボロアパートに住まなければならないのか。
この創作に対する情熱が更なる傑作を生み出したる由縁なのだろう。

 

 

「引っ越しの手続きももう済ませたので、夕方には荷物も届くはずですよ。」

 

 

 

 

「ありがとう村本さん。」

 

若林は村本の声にただ反射的に答えているだけで、視線と心はもうこの部屋に奪われている。

 


 

「では、また何かあったら連絡下さい。」

 

「はい・・・。」

 

 

 

 

2人の会話はこれが最後だった。

 

1ヶ月後のニュースで、ベストセラー作家の若林俊明の訃報が報じられた。

 

 

 

 

後編に続く。

 

 

 

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