前編はこちら↓↓
【眠れない夜に】
第2夜【わけあり物件(後編)】
お題協力11_mon様
「若林さん!!若林さん・・・どうして・・・。」
村本は訃報を聞いても実際に若林の死体を見るまでは信じていなかった。
「心臓発作だと。」
廊下で項垂れていた編集長が力なく言った。
若林の部屋の隣の住人が、人が倒れたような大きな音がしたと119番通報したらしい。
救急隊員が到着したときにはすでに若林は事切れていた。
「あの物件だ・・・あの物件に何かある。」
村本が編集者になったのはホラー小説が好きだったからではない。
どちらかと言えば心に染み入る純文学を作りたいと考えていた。
2年目に任された若林の担当を村本は一つの仕事として上から命じられるままにこなしていた。
しかし若林の作品に対する常軌を逸した姿勢、情熱、魂にいつしか心を奪われ
誰よりも早くその作品を読めること、そして世の中に発信することを誇りに感じていた。
「・・・そうだ。作品は?作品はどうなったのだろう。」
病院に呼び出された時点で深夜0時を過ぎていたが、村本は病院を飛び出し
すぐそばの公道でタクシーを拾った。
「この住所まで向かってください。」
ラジオからは聞いた人が踊りたくなると話題の最新のJ-POPが流れていたが村本の耳には届いていない。
昔若林から聞いた言葉に思いを巡らせていた。
「村本さん、よく作家は自分の血を文字に表すと言われているが私は違う。私にとって作品は血ではない。血肉だ。私は作品を生み出すことに命を掛けている。」
あの時の若林の目は、自らが生み出してきた多くのフィクションとは違い本物だった。
必ず原稿は完成している。村本は確信していた。
タクシーがその場所へ着いたときは遠くの空が青く色付き始める頃だった。
村本は若林にいつも持たされていた合鍵で古いアパートの扉を開ける。
扉が閉まる衝撃で部屋の天井が軋んだ。
村本はやっと思い出した。
ここはわけあり物件なのだ。
カップラーメンの容器や水のペットボトルが散乱する部屋に
一つだけある本棚、そこに入りきらずに積み重なった本。
机の上には灰皿に山ほどのタバコ。
そしてこの部屋にはおよそ似つかわしくない最新型のノートパソコン。
「若林さん。」
若林はこんな場所でたった1人でただ作品と向き合い続けていたのだ。
パソコンの電源を入れる。不用心だがパスワードを設定していなかったことにこのときは助けられた。
「これだ。」
薄暗い部屋で、気味の悪い単語の数々が並んでいたが村本には明るく輝いて見えた。
若林が生き絶えるその時まで書いていた作品。
村本は一度深呼吸してから読み始めた。
「え?なんだこれ・・・・」
この小説の導入を読むだけで、この作品の不穏さに気付いた。
「これ・・・って。」
編集者の村本は担当している作家の若林俊明に深夜2時のファミレスに呼び出された。
「村本さん、いい物件見つけましたよ。」
肩まで伸びたロン毛に無精髭の男には似つかわしくない
生クリームがこれでもかというくらい乗ったパフェを口に運びながら若林はそう言った。
「若林さん勘弁して下さいよ、前回もそんなこと言ってたじゃないですか。」
「なんだこれ・・・。」
「世田谷区連続不審死・・・ああこれニュースで見たことありますよ。
なんでもこの古いアパートのある部屋に住んだ人が連続して亡くなって・・その全員が心臓発作という・・ってまさか。」
「細かい住所はニュースで公開されてなかったんだけどね・・古い知り合いが独自のルートで調べてくれてさ。」
若林は次の作品では今までと違った新しい挑戦をしようと考えている。
そこに書かれていたのは、この物件のことを知らせるために村本が深夜にファミレスに呼び出された時のことだった。
そのときの会話や行動が描写されている。
さらに驚いたのはその後の文章だ。
「では、また何かあったら連絡下さい。」
「はい・・・。」
2人の会話はこれが最後だった。
1ヶ月後のニュースで、ベストセラー作家の若林俊明の訃報が報じられた。
「何で・・・。こんなことって。」
タクシーがその場所へ着いたときは遠くの空が青く色付き始める頃だった。
村本は若林にいつも持たされていた合鍵で古いアパートの扉を開ける。
扉が閉まる衝撃で部屋の天井が軋んだ。
村本はやっと思い出した。ここはわけあり物件なのだ。
さらに続く。
パソコンの電源を入れる。不用心だがパスワードを設定していなかったことにこのときは助けられた。
「これだ。」
薄暗い部屋で、気味の悪い単語の数々が並んでいたが村本には明るく輝いて見えた。
若林が生き絶えるその時まで書いていた作品。
村本は一度深呼吸してから読み始めた。
この小説にはついさっきこの小説を読み始める村本が描写されていた。
そして遂には今の自分の状況まで流れが追いついた。
「凄いぞ・・・こんな小説・・・読んだことない。」
村本は恐怖に震えながらも表情だけは笑顔で呟いた。
「凄いぞ・・・こんな小説・・・読んだことない。」
君の物語はここまで
その小説はこんな言葉で締めくくられていた。
数日後・・・
連絡の取れない村本を探していた編集長が若林の部屋で冷たくなった村本を発見する。
ノートパソコンのデータは失われていた。
それはこの物件に取り憑く霊によって書かされた死へ誘う物語なのか
それとも若林の情念が乗り移った物語なのか。
それからさらに数年後
ネットに読むと死ぬと噂の小説があるという噂が流れる。
女子高生の間で少し話題になっただけのチープな噂話だ。
わかっていることは読むと死ぬということ。
タイトルがわけあり物件ということ。
自分自身の物語が書かれているということだけだ。
あなたは今画面の向こう側でその小説を読んでいる。
君の物語はここまで
コメント
コメント一覧 (1)
barashiyatoshiy
a
が
しました